労力と景色のバランスの良さは図抜けている!
わが家は年末から3月いっぱいまで雪山シーズンだ。
だが、2024年の年末は嫁さんの仕事の関係で行けなかった。
なので今シーズン一発目は2025年1月11日。
さて、どこへ行こうか?
てんくらで調べると関東周辺で晴れるのは八ヶ岳方面しかないらしい。
雪が確実にあって、景色がいい山となると……。
天狗岳(標高2,646m)だ!
ちょうど前回は西天狗岳の山頂から東天狗岳を望んで、次回はあそこまで行こうと決めていた。
両座を結ぶ大雪原の稜線も美しかった。
しかも、天狗岳の前日の天候は風速20m・気温-15℃の猛吹雪。
嫁さんの大好物の霧氷どころかスノーモンスターも期待できる!
8時10分、駐車スペースがある唐沢鉱泉に到着。
600m手前から路駐が続いている。
嫌な予感しかしない――。
旅館まで駐車スペースが見つからず。
全部で70~80台停まっていっていた。
とりあえずUターン。
なんとか登山口の300m手前に停める。
8時37分、登山開始。
気温-13℃。
空は雲一つない真っ青。
道路脇の積雪は30㎝。
最初から12本爪のアイゼンを装着する。
普段はごつごつの岩がむき出しのルート。
でも今回はほとんどの岩が雪に埋まっている。
天狗岳周辺は今回で7回目だけど、今までで一番雪深いかも。
しかも蹴るとふわっと煙のように舞い上がるパウダースノーだ。
これは諸々期待できる!
最初の1.3㎞はずっとオオシラビソの森の九十九折コース。
基本的に薄暗い。
森に入った途端にぶるっとしたので温度計を確認したら-16℃だった。
雪山登山としては歴代最低気温かも(北海道スキー場で-20℃は体験済)。
なお、この時点でアップルウォッチは低温のためジ・エンド。
最後まで電源が入ることはなかった(下山後に暖めたらバッテリー残量70%だった!)。
中綿が薄く入った手袋だと、すでに指先がじんじん。
大至急、少し厚手のグローブと交換する。
今回の山行で手足を温める方法は、動くことが一番であることがでわかった。
そんな極寒のなか、泰楽ひとりが大はしゃぎ。
最初からぴょんぴょん跳ねまくって、嫁さんの先を歩こうとする。
わが家では絶対にワンコを先頭にしない。
出会い頭に人と会ったら、ぎょっとされるからだ。
なので大至急、私がとっつかまえてリードを握る。
不満顔の泰楽。
スタートから1.3㎞・1時間13分で唐沢鉱泉分岐(標高2,143m)に到着。
ここでようやく日射しが差し込んでくる。
レモンイエローの光線に目を細めて見上げると、真っ白な雪を乗せた枝の向こうに真っ青な大空が広がっていた。
「うわぁー!」
嫁さんが絶叫。
彼女は山頂からの景色より、なにより雪に覆われた森が好きなのだ。
これに碧空が加われば鬼に金棒だという。
「今までで最高だと思っていた根子岳は、落葉したダケカンバの森だからクールなエルフの森って感じ。
でもここは、葉っぱにふわふわの綿みたいな雪が乗ったオオシラビソの森だから、温かみがあってドワーフの森って感じ。この囲まれ感がタマラナイ!」
そして彼女は天を指さして叫んだ。
「ほら! しかも上の方は落葉して枝が真っ白な珊瑚のようになっているよ。
根子岳よりも太い! もしかしたらこっちの方が好きかも」
早くも雪山ナンバーワン宣言が出てしまった。
そんなに喜んでもらえるなんて、私としてもうれしい!
スノーモンスターには成長していなかったが、たしかに霧氷としての完成度はピカイチだった。
だが、ここで毎度おなじみの問題が発生。
標高2,300mを越えた辺りから、息苦しくなってきたのだ。
口を9割塞がれているような感覚。
吸って吸っても足りない。
高山病だ。
対策としてスポーツドリングをお腹を壊すくらい飲んできたが効果はなかった――。
正直に嫁さんへ伝えてペースダウンする。
その分、ドワーフの森を楽しめるから許して。
2㎞・2時間24分でドワーフの森を抜けて視界が南八ヶ岳方面にぶわっと広がった。
ここでやっと赤岳がドーンと雄姿を現す。
第一展望台だ、と思ったらニセで、本物は50m先だった。
さすがに本物は違った。
視野角が倍になって360度の大展望。
つんっと澄み切った空気によって南八ヶ岳から右に南アルプス、中央アルプスの輪郭がはっきり見渡せた。
そして振り返るとはじめて蓼科山が姿を現し、その後ろに北アルプスの山々が純白の巨大屏風のようにずらりと並んでいた。
ただし、北アルプス方面の山頂付近は、槍ヶ岳をはじめガスのなかだった。
とはいえ、これは昨日からてんくら情報で知っていたので想定内。
「やったね!」と山々を撮りまくる。
そこで気づく。
「なんだか肩口がぽかぽかしてきたぞ」
気温計を確認したら-3℃ではないか。
一気に13℃も上昇している。
それは暖かく感じるはずだ。
泰楽も上機嫌になったようでいつの間にか脇で「撮るならここでしょ!」とポーズをとっていた。
ここから先は、山頂までずっとメルヘンの森と八ヶ岳ブルーのコラボレーション。
なんですかこの吸い込まれそうな碧さは!
霧氷のトンネルを潜っていると、まるで白珊瑚の海をダイビングしているようだ。
嫁さんはハート型の目をして「来てよかったー」と念仏のようにつぶやいている。
泰楽のテンションもさらにアップ。
突然、ぴょんぴょん跳ね始めて、新雪のなかにドボンっ!
身動きが取れなくなっていた――。
そしてやっと出られたと思ったら、嫁さんの足の下に入って「景色ばかりを撮っていないで、ボクちゃんを撮って!」と私を睨んだ。
はいはい、と10枚ほどシャッターを押した。
3時間25分、2.7㎞で再度森を抜ける。
正面に圧倒的存在感で立ちはだかる山容がどーんっ!
西天狗岳だ。
どう見ても急峻。
どう考えても難攻不落。
それでも目を細めるとゴマ粒のような登山者が山肌で左右に動いている。
これからあれに登るのかー。
ちょっぴりドキドキしはじめながら数十メートル進むと第二展望台だ。
ここの視野角は第一の半分の180度。
なので展望の素晴らしさも半分。
さっさと通過するつもりだったが、ここまで予想以上に時間がかかったのでオヤツタイムにすることにした。
人間たちは千疋屋のようかん。
これを新雪と一緒にいただく。
口に入れた途端、ふわっと冷気が広がるが一瞬で消える。
まるで粒感なし。
空気のような軽やかさだ。
それなのに次に来るようかんの濃厚な味わいを上手に中和してくれる。
なんて上質な感覚。
2,000円のかき氷でも敵わないだろう。
もう、雪をようかんですくってなんていられない。
枝に乗った新雪を直接口に含んでは、ようかんをかじる、を繰り返した。
泰楽は大好物の焼き芋をむさぼった。
さぁ、西天狗岳に向かって出発だ!
おっ、足が軽い。
振り返って嫁さんにそのことを伝える。
「私もそう感じた。ようかんのおかげかな?」
やはり甘いモノってすごい!
第二展望台から西天狗岳は、いったん下ってから登り返す。
記憶ではダウン&アップは1回だったが、実際は3回くらいだった。
ようかんを食べていなければ、間違いなくベソをかいていただろう。
最後のアップの前に立ちはだかる岩壁を眺める。
視界に入る色彩は純白と碧の2色のみ。
美しさに心がとろける。
しかし、その傾斜は見上げているとすぐに首が痛くなるレベルだ。
なので最初の2回は第二展望台でUターンしている。
体力的にも不安だし、ピッケル無しで登る泰楽は危険だと判断したからだ。
ところが下山してきた人たちの話を聞いているうちに、12本爪アイゼンだけあればイケるような気がしてきた。
そこで試してみたら、覚悟していたより2割くらい楽に登れた。
山肌には直径1mくらいの岩がごろごろしている。
これが逆に滑落を防止してくれるのだ。
なので通常のコンディションならばピッケルはいらない。
そのこと知っているのでこのときもさっさと登りはじめた。
いつもよりも雪が多いので、足が沈んで登りやすい!
さらに低木に霧氷がついて今までで一番美しい!
これはラッキー、ときゃっきゃ言いながら進んだ。
傾斜の割に楽しく登れる理由は、ほかにもある。
振り返ったときの景色がバツグンなのだ。
いつでも、どこでも蓼科山の全容が待っているし、その後ろに北アルプスの面々がどどどどどーん。
だから振り返るだけで元気が復活する。
ただし、アイゼンを履けない泰楽にとって雪が多いのは、滑って登りにくそうだった。
そんな感じでスタートから4時間34分、3.3㎞、取り付き地点から20分くらいで西天狗岳(標高2,646m)に登頂成功。
たぶんコースタイムより1時間以上遅い――。
そこはなんと無人の大空間が広がっていた。
大人気の20m四方くらいのスペースなのに誰もいなかったのだ。
そこから眺める赤岳はもちろん大迫力。
山頂付近の彫刻刀で削り出したような深い陰影をはっきりと確認できた。
そのほか日本を代表する山々も、御嶽山から北アルプス方面を除いてくっきり。
快晴、風速4~5m。
普段、20m前後の暴風が吹き荒れるここでは、奇跡的といっていい天候だ。
しばらく留まりたい。
でも東天狗岳にも行ってみたい。
悩む。
嫁さんに相談する。
「時間あるの? あるならすぐになら行こうよ」
決定。
ほとんど写真を撮らずに東天狗岳へ向かった。
実は、私は稜線フェチ。
草木や岩などの障害物が少なければ少ないほどムラムラする。
そして西天狗岳から東天狗岳の稜線は、ご覧のようにスコーンとなにもない。
あの染み一つない雄大な純白の稜線を歩けると思うだけでクラクラする。
その道程は、西天狗岳よりもかなり楽だった。
距離も傾斜も3分の2くらい。
下りて登って20分くらいで東天狗岳(標高2,640m)登頂できた。
そこは西天狗岳の4分の1くらいのスペースだった。
ほかの登山者は4人。
眺められる景色は、ほぼ一緒。
でも、北アルプス方面は、より標高が高い西天狗岳が遮ってよく見えない。
ほとんどの登山者は、ここから黒百合ヒュッテを経由する周回コースを選択する。
でも過去の事故歴を確認すると、この先が危険地帯のようだ。
アイゼンとピッケルを利用できない泰楽を歩かせるのは無理だろう。
なので今回はここでUターン。
距離もコースタイムも周回とほぼ同じだ。
遅くなったので、ちょっぴり急いで下山開始。
帰りの稜線はオレンジ色の西日を浴びてさらに美しくなっていた。
帰路は第一展望台からの九十九折がすごく長く感じた。
結果として8時間4分、7.56㎞でゴール。
天狗岳の見どころは、メルヘン(ドワーフ)の森、第一・第二展望台、西天狗岳の山頂、大雪原の稜線、東天狗岳の山頂と6ヶ所もある!
普通なら6時間程度のコースだから、労力と景色のバランスの良さは図抜けている。
個人的には百名山だが一直線に登るだけの蓼科山より楽しい。
嫁さんはドワーフの森のおかげで過去イチ楽しい登山だったそうだ。
だが、体力と起床時間の問題で東天狗岳は無しでもいいかな。
たしかに稜線は美しかったが、期待を上回るものではなかった。
眼下に街が見えるのが原因だと思う。
さぁ、今シーズンの雪山は始まったばかり。
次回はもう少し楽な山にしたい――
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